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永井 純のファッション・ライヴ
 
 
vol.38 <St.ODIM>蝉時雨
ジージー、ジージー。
ミーン、ミーン、ミーンミーン。
ジリジリジリ、ジリジリジリ。

春に枝いっぱいに花を付けた桜の木を見上げてみた。
木を見上げたのは桜を見上げた時以来のようで久しぶりだと思った。
太陽に向かって思いきり両手を広げて深呼吸したように伸びた緑の葉の間から夏の太陽の光が洩れてきた。
「眩しい!」思わず目を細め首を竦めると、その木の幹が目に入った。
目に映ったものは、蝉が脱皮した抜け殻がまだ幹にくっついている様子だった。

公園の土の上には宿主のいなくなった蝉の抜け殻がたくさん落ちている。
その抜け殻の数以上に(そんなはずはなく、きっと抜け殻と同数のはずなのだが)土に開いた直径2cmくらいの穴に気付く。 それが蝉がこの地上へ出てきた出口だと知ったのは、恥ずかしいことであるがそんなに昔のことでもなかった。

子供の頃は意外にも昆虫採集が好きで、注射器とピンセットと虫篭を持って裏の小山に入っていっていた記憶がある。
でも、そんなある日、捕って来た虫を標本にしようと床に置いてあったピンセットを過って踏み付けたことがあった。
そのピンセットは右足の親指と人さし指の間に刺さり、その刺さった様をしばらく見ていた後にピンセットを抜くと そこから吹き出した血に家族が驚いた。
その当時、父の妹である叔母も同居しており、母と叔母がその光景に驚き大騒ぎになった。
止血をする親をなぜか、醒めた目で見つめながら、その時の私は、虫に採集されようとしていた錯角に陥っていた。

刺さったのはピンセットだったのだが、注射器のような感覚で その刺さったピンセットの先から冷たい液体が身体の中に入っていき、 次第に動きが緩慢となる感じさえ覚えていた。

このままだんだんと動かなくなるのか?という恐怖から、ピンセットを刺さった足から引き抜いた。
床に流れる血を流れるままに見つめて、身体に入った液体が少しでも外へ流れ出てくれたら・・・と思った。
流れ出たらどうなるのか? 正直、そんなことはどうでも良かった。
その先のこと考えていた訳ではなく、ただこのままだと自分が標本にされてしまう!と いう得体の知れない不安に押しつぶされそうな、この現実から逃れたいだけだった。
ゼンマイ仕掛けの玩具のゼンマイがそろそろ切れそうな頃のような動きで首を標本の方へ向けた。

そこには、今まで美しいと思って一日中眺めていた蝶の標本があった。
それまで標本を作る時には、美しいままで時間の止まった蝶たちに、まるで永遠の時間を与えたような気分で扱っていた。
その蝶たちの目が一瞬、こちらに注がれた。
「あなたの時間も止めてあげるわ」とその目が語りかけてくる。 突然、息が苦しくなった。
頭の中で今まで捕まえた虫たちの羽音がした。 音に中で回りの色が消えていく感触がした。

我に返った時には、足の指には包帯が巻かれており、あんなに大騒ぎをしていた母や叔母の姿もなかった。
取り残された現実の中で、目の前にある標本を見つめる自分の中に違う感覚が芽生えていた。
美しい標本に対して持っていた感情は、 標本にならず、所有者となった虫たちに見られる「美しい標本に変った自分」を重ね合わせ、 その視線だけで硬直していく不安に変わっていった。

標本の虫の羽や目や足が怖くなった。
そして、昆虫採集をやめた。

その時から蝉の声に夏や秋を感じることはあっても、蝉そのものに惹かれることはなかったように思う。
蝉にとって、土の中で過ごす長い時間の後にやってくる1週間という期限付きの地上の楽園とは、いったいどういうものなのだろう。
生まれながらにして子孫を残すことを最優先とされたその使命に疑問を抱くこともなく、与えられた1週間という時間を終えていく。 光り輝く地上はそれだけの価値があるのだろうか?

頭の上からシャワーのように降り注がれる蝉の啼き声に、他の音がかき消され、 ひとり公園のまん中にある桜の木の幹の腕に囲まれているような感覚に、 足が竦みその一瞬に人としての五感が聴覚に変ったような錯角が目眩を誘った。

目に刺さる光は音であり、木々を渡る風が髪を揺らすのも音である。
足の裏にあたる公園の土の感覚も音に変り、 夏の緑と土と空気が交ざった独特の臭いさえ聴覚を刺激し、 額から零れる汗を拭うことも忘れるほど異様な感覚に包まれた身体は、 唇の渇きを補おうと舌で上唇から舌唇までを舐めるときに 夏の汗から感じたリズムに忘れかけてた記憶を呼び覚まされたように その時代へ一気に堕ちていった。

ジージー、ジージー。
ミーン、ミーン、ミーンミーン。
ジリジリジリ、ジリジリジリ。

気がつけば、蝉時雨の下で夏の公園で立ち尽くす私がまだそこにいた。
ちょっと右に首をかしげて座っているオーディンの姿があった。

「今日も暑い日になりそう!さあ、早く行こう。」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

毎日のオーディンとの通勤コース、靭公園の北側にある小さな公園でのできごとを書いてみました。
うろうろしているオーディンは、蝉の抜け殻が後ろ足の毛にもつれてくっ付いてしまったらしく、 気持ち悪くて振りほどこうと変な歩き方をして戻ってきました。
1匹でもすごい声で啼いている蝉なのに、この時期、一体何匹で啼いているのでしょうか?
毎朝蝉の声で起こされるという方も多いのではないでしょうか?
私はさすがに今は川べりのマンションなので、蝉の声に起こされることはなくなりましたが、 蝉の声で朝起こされることも、夏のひとつの風物詩ですよね。

蝉の声を聴いていると、入道雲を見ながら、縁側ですいかを食べていたことも思い出しました。
小さな庭の隅にあった鉄棒の横に植えたひまわりの花は、今ではもう見ることもなくなったほど大きなひまわりでした。
大きな花は太陽が大好きでいつも太陽を追い掛けてその方向へ顔を向けていました。
そのひまわりの横には朝顔の花が毎朝優しい薄紫や赤紫、濃い紫の花をつけていました。

夏の暑さを和らげられること。
軒に吊るした風鈴が ちりりん と鳴り、ちょっと短かめの浴衣を着せられた私の足は、
なぜかブリキのたらいに張った水の中でばたばたとしていて、水しぶきがそのまわりの空気を冷ましていた・・・

温暖化が進む中でそれぞれが感じる夏の暑さを和らげられるコト。
あなたの夏の過ごし方、思い出してみるのも素敵なことかも・・・ 次回につづく
 
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